2013年7月10日水曜日

石巻弾丸ツアー② 女川

お昼頃に石巻から女川町へレンタカーで移動しました。

次に行ったのは女川町地域医療センターです。
http://onagawahp.jadecom.or.jp/





ここは海抜16Mだそうです。
駐車場から海を見た風景です。


ところが津波が来た高さはそれを超えて病院の1階まで海水に埋め尽くされたそうです。
現在は地盤沈下もしてしまっているとのことです。


2階より上に行くのはもちろん、その裏にある山に登って避難をしたそうですが、その階段がなんと202段!


結構しんどいです。でも、見晴らしはいいです。
この写真では見づらいですが、竹で作った鳥居が階段の先にあって夜は電飾でライトアップされるそうです。わきの緑とのころには WE ♡女川と書かれています。

山の頂上には熊野神社があります。


やっぱりここにも山の上の神様がいるのですね。



病院のわきにはプレハブの建物があって、調剤薬局とコミュニティプレイス「おちゃっこクラブ」があります。

薬局の看板は流木だそうです。

行ったのが日曜日なので、本当は薬局はお休みなんですが特別にあけてもらって中も見学させてもらいました。
コミュニティプレイスでは、アイスを食べて休憩♪

次はニューこのりで昼食です。(どんだけ食べてるでしょう、、、orz)
http://www.new-konori.jp/


生のくじらが昨日に続いて出てきました。マグロ、ハマチ、どれも美味しい。
やはり新鮮なお魚はいいです。

次はきぼうのかね商店街へ行きました。
http://www.netricoh.com/contents/officelife/touhokuouen2/miyagi/onagawa_01.html



日曜定休のお店が多いのであまりお店は空いていませんでいた。あとでくまがい酒屋のおじさんに話を聞いたところ商店街の旅行にいっちゃったそうです。



きぼうのかねとは、女川駅前にあった「からくり時計」の4つの鐘のうち、がれきのなかから一つだけ発見されたのがこの鐘です。

そのくまがい酒屋のおじさんはギターをひいて、お金をもらい募金をしているとのことだったので2曲きかせてもらいました。

歌のあとなど、震災の時の話もきかせてもらいました。

石和公園のおじさんといい、くまがい酒屋のおじさんといい、本当に誰かに生かされていると思わざるをえないような体験をしているんですよね。
生きるのも死ぬのも、ほんとうにちょっとした差なんですね。

どちらになるのか、本当に神様から残された仕事を任されているのかどうかだけのような気がしてなりません。

おみやげは当然、石巻のお酒です!

次に行ったのはかまぼこのお店で、高政です。
http://www.takamasa.net/



おだづなよ、津波!とかいてありますが、意味がわかりませんでした。
どうやら、なめるなよという意味らしいです。

ここは地元の人なら、だれもがわかるお店とのこと。
この辺にAEDがあるのは、ここくらいだそうです。
何かあったときでも「高政にAEDがあるからとってきて!」といえばちゃんと取りにいけるという仕組みだそうです。




 今回はこれで時間切れです。
お土産のかまぼこを買って、仙台にもどって新幹線で東京にもどりました。


まだまだ書ききれない話はたくさんあります。
ラッキーなことにおじさんが2人も現状を話してくれました。主観的なものもあるでしょうが、それもまた真実です。そのときの話をきくと今でも大変だったことは容易に理解できます。

公平と平等、これは似ているけど違うということがよくわかりましたし、平常と非常時ではまったく判断がゆがめられいることもわかりました。

そういう人間の性以外に日本の政治なども考えることはたくさんありました。

また、必ずこの土地を訪れようと思います。


2013年7月8日月曜日

石巻弾丸ツアー① 石巻

石巻に行ってきました。実は初めて被災地に入ります。
震災後、仙台には行ったのですが、甚大な被害を受けた場所には行ったことはありませんでした。そして今回やっと念願がかないました。

まずは夜に石巻で現地の薬剤師の方と懇親会。



 
 
これだけのごちそうだったらいいお値段かと思いきや、かなりリーズナブル! さすが海が近いところは美味しいものが安く食べられますね。
 
もう2年半もたてば、お店ももとになってきているのですね。
メイン道路あたりはどこの地方にもある風景になっていました。
 
 
 
泊まりはサンプラザホテル。今回は一緒に同行した人に予約をしてもらったのですが、早めに予約をしないと取れないそうです。
 
聞くところによると、宿泊をしている人の多くは解体やがれき撤去をするための工事関係の人らしいです。


朝食は目の前の石巻グランドホテルの1Fです。食事は普通ですが、なんといくらとめんたいが食べ放題でした!一泊5,500円です。

次は日和公園にある鹿島御子神社に行ってきました。
http://www.kashimamiko.org/annai/index.html
歴史をみると由緒正しい神社で、この土地を開拓した大和民族の長をお祀りしているそうです。
 




この神社は小高い丘の上にあって、海岸を見渡すことができます。震災当時、2000人の人がここに避難したそうです。
 
桜の木が生えていますが、震災前はここから桜を見る人が多かったそうですが、今はまだそこまでの余裕はないそうです。



震災前の写真です。中州には建物が建っていました。

 
ところが今は流されてしまって中州の周辺の護岸も十分ではありません。
白いドームが石ノ森萬画館です。
http://www.man-bow.com/manga/

駅からちょっとあるので歩いては行けないですね。

高いところから眺めて、あらためて津波のすごさがわかります。中州はもちろん飲み込まれ、遠くに見える山のほうまで一気に海水が駆け上がっていったそうです。

その時の話は、ここで出会ったおじさんに聞きました。
自分のすぐ後ろの人は津波にのみこまれたそうです。
笑顔で話をしてくれましたが、本当に九死に一生を得たといった様子でした。

震災後も非常に治安の悪い状況があったり、食料不足や人が目の前で亡くなっていく様子などリアルにお話をしてくださいました。

いろいろ話をしていくうちに、この方は立教大の先輩ということがわかりました。不思議ですね。


次に行ったのは「がんばろう石巻」の看板です。
http://gannbarouishinomaki.jimdo.com/
位置的に先ほどの神社の下の海に近いところになります。


青いポールの先まで津波が来ました。
そんなところにどこからか流れ着いたひまわりが咲いたそうです。 植物の力って本当に強いです。



 

この看板の前でお店を開いている方がいらっしゃいました。


この方は石巻市行政委員の東山弘毅さんです。震災後の様子や今後の復興計画などをお話ししてくださっています。


 私たちは弾丸ツアーだったのでお話を聞く時間はなかったのですが、くじらの缶詰をかって帰りました。

次に行ったのは石巻市民病院の解体地。
ここの前には薬剤師会の薬局があったそうです。


もう目の前は海です。
コンクリートも割れていますし、ごみもそのままです。





薬局の跡地には、ツムラの漢方や何かの薬が入った瓶などが転がっていました。


東京で新しいビルを立て直すときあっという間に作業されて、すぐにすっかりがれきはなくなるのですが、まだがれきは残っています。
確かにものすごい量とはいいますが、東京も区画整理などをするときはすぐに風景が変わってしまいます。
こっちらでは本当に時間がかかっているのだなと改めて思います。


 
いまだに流されて廃車になった車もそのままあります。
お話をきくと大分片付けがすすんではいるそうです。
 
しかし、片づけたあとの土地の清算についてはまだすすんでいないそうです。
この辺りは人が住んではいけないことになっているのですが、もとそこに住んでいた人の土地の買い上げ価格など簡単にYESと言えない金額です。
 
年金暮らしのお年寄りがたくさんで、今後の生活に対して不安をかかえて暮らしているのが現状だと先ほどのおじさんが教えてくれました。
 
この次は女川町にいきました。。。つづく