2016年12月30日金曜日

2016年の振り返り


そろそろ一年を振り返りましょうか、、、

私にとって2016年は自分の価値観を知る年だったと思います。自分の好きなこと/嫌いなこと、やりたいこと/やりたくないこと、したいこと/したくないこと、して欲しいこと/して欲しくないこと....それは自分の体調と向き合うことでわかったことです。

私は2015年の6月までは企業の中にいて、それなりに規模も大きな会社にいました。それがポーンと外に出て自由の身になった時、このふわふわした感覚に身の置き方に困る感じがありました。組織ってやっぱり見えない何かがあるんですよね。その感覚がまだ残る中で2016年がスタートしていました。私自身の悪い癖である「他人の期待に応えようとする」自分や「与えられた仕事は完遂するのが当然」と考える自分があって、必要以上に自分の感情を理性で押し込めてしまう。それが過度になるとメンタルにダメージを受ける。その悪い癖を引きずっていたと思います。

それがなぜ手放すことができるようになったかというと、加齢に伴う体調の変化に気づいたことです。これまではなんやかんや言って基礎体力があったんですよね。そして気力もあった。しかし無理が全く効かないのです。これまでの私なら頑張れたものが全くできない。考えたいのに頭がまとまらない。いくつも同時にこなせていたものがこなせない。とにかく休みたい。視力も老眼が入ってきて読みたい本が読みづらい。これが加齢なんだと思いました。これらによって迷惑をかけた方々もあります。しかし自分が壊れてしまっては元も子もないです。自分の体調を優先にさせてもらって申し訳なかったと思っています。

そんな状態の私は、内なる自分に「今私はどうしたいの?」と聞くことで自分の行動を決めました。以前の自分は未来をあれこれ考えすぎて、しなくてもいい気遣いや他人の仕事を被ったりすることで過剰なストレスを一人で抱えていたんですね。そんなことに気づいた年でもありました。

今までの自分の思考を手放すことにはたくさんの葛藤がありました。しかしそのおかげで自分の体調コントロールが少しづつできるようになってきています。たくさん睡眠をとったり、無理して詰め込んだスケジュールはしないようにかなりゆとりを持つようにしたり、自分が心地よいと思ったことを取り入れるようにすることによって、かなり変化してきたように思えます。

実はヨガ行くことも自分に課していました。でも今年の私は何かを自分に何かを課すことをやめました。体調が優れない時は多少の時でも行かない。これって普通の人はそうだと思うのですが、多少の不調で行かないということは以前の私はまずしませんでした。つまり私は一度決めたことはゴールを決めてやり通さないと気が済まない性分でした。そういう自分をやめる。食事も食べたいものを食べたいときに食べる。これまではストイックに食事制限をすることもありました。それもやめました。こんなに自分を甘やかすことはこれまでなく、そんな自分を受け入れる。結構私には高いハードルでした。

きっとこれが今年の私のすべきことだったんだと思います。出来ていたことがちょっとづつ出来なくなっていくことを受け入れる準備なんだと思います。もっと年齢を重ねればさらに出来なくなります。単に年齢に争うのではなく、受け入れつつ自分の価値観と折り合いのつける方法をこれからも模索していければと思います。

自分をコントロールできるようになっている分、ワクワクすると感じるもの、これ好きだな、やりたいなと感じるものは何かをもっと自分に聞いて来年はシンプルに生きていきたいと思います。

2017年のことは年明けに書きます。

2016年12月20日火曜日

「介護されしもの」との対話④


こちらは武久さんのお宅に伺った時に出して頂いたカフェオレとお茶受けです。
美味しかったです(^^ ごちそうさまでした。

今回の取材で感じたことをだいぶ書いたのですが、あと少し書き足りない部分があるのでもう少しお付き合いいただければと思います。

若くして介護を受けなければならなくなったのに、なぜこんなにも穏やかな口調なんだろう。これが私が会って話を聞きたいと思った最大の理由です。

多くの場合、自分自身の人生を呪い、過去の自分を責めてしまっていると思います。今を否定していると未来を見ることができない。しかし、武久さんは未来を見ています。その武久さんとの会話の中で印象に残っているのは「いいこともあれば悪いこともある。全て帳尻があうようになっている」「ものは考えよう」と言っている。ああ、そうやって武久さんは人生を見ているんだなと思いました。頂いた冊子やブログの中にもその端々がたくさん出てきます。人間の心というのは簡単ではないです。様々な感情が蠢いてざわつきます。ほんの数時間のヒヤリングですから、深く聴くことはことはできませんでしたが、今の武久さんであるまでに様々な出来事や事件は必ずあったと思います。

本当に行ってわかりました。武久さん自身の生きる力も他の人よりずっとありましたが、それとともに本当に素敵な奥様がそばにいらっしゃいました。べったりと介護する訳でもなく、優しく微笑みながら私たちの会話を聞いていらしゃいました。奥様もきっと一緒に二人の人生を受容して寄り添い生きてきたのだと感じました。ああこんなにも人がそばにいるとこんなに強くなれるんだと思いました。

武久さんにもまたお会いしたいですが、奥様にもまたお会いしたいと思いました。





色々とお気遣い頂きましてありがとうございました。

「介護されしもの」との対話③


この写真はあつみ温泉にある熊野神社の鳥居です。境内には芭蕉の供養碑や学童疎開の謝恩の記念碑などもありました。
インターネットには載っていませんが、この鳥居の左に赤い鳥居がたくさん連なっている道がありました。そこにも何かあるのかな?と思って登ったら、かなり長い距離と急な坂の先に鐘とこじんまりした社がありました。一体これは何を祀っているんだろう、、、

熊野神社


さて続きです。
前回で伝えたかったのは、同じ行為をしても相互の関係性によって感じ方が異なることと人には感情があるということです。人は感情をやたらめったら発するものでもありません(特に日本人は)。コミュニケーションは受け手が主体であり、受け手の感じ方を考慮しないで行う「介護」という時に身体的なサポートは人を傷つけます。

今回は介護側をもう少し深く考えてみたいと思います。

介護をする人は障害や高齢になって動けなくなった人以外にどのような態度をとっているのだろうか。同じように頬を撫でたり、ペタペタ体を触ったりするのでしょうか。そういった疑問がまず浮かびました。多分していないと思います。もしそういう癖があってどんな人にも同じようにしていたら、それはそれでそういう人だと受けとめた上で不快だという話をすれば比較的簡単に話が前に進むと思います。ですが多くの場合はそうではないと思っています。その理由は介護側の心の問題があるからだと思っています。

他人の体を触るというのは、近しい間柄を表現する方法と言えます。距離が近く自分は敵ではないことを伝える役割があります。スキンシップの方法には色々とありますが、触れる、握手、肩を組む、腕を組む、ハグ、キスなど沢山あります。これらの行為が意味するものは、それぞれが育ってきた環境や文化などに左右されるものです。ここから言えることは、介護する側は距離が近いということを言葉ではなく態度で伝えているということは間違いではないと思われます。その距離感はする側もされる側もそれぞれの認知の仕方で判断しています。

介護の場合はプライバシーに関わる部分に関与していきます。なので介護される側は動けないため非常に恐怖心を感じると思います。それを解いていくためにはある程度のスキンシップは必要です。優しく手に触れる、ちゃんと相手の目を見ることで警戒心は解けていきます。問題になっているのは近すぎる距離感です。例として頬を触ることをどのような場面で見るでしょうか。日本においては一般的に子供や親しい恋人の関係を表します。それを介護側がする心理状態って一体なんだろうと私は思うのです。本当にそんな近しい関係を求めているのでしょうか。私は違うと思います。それは他人を庇護している自分をいうものに価値を見出していると考えられます。無意識に介護する側に発する言葉は「事業所規則なんです。これをすることになっています」「介護保険ではそうなっているんです」という断り文句です。本当に親しくなりたいと考えているのでしょうか。そういう言葉は一線を介したい時に使う言葉で、やはり関係性と距離感が混乱していると言ってよいのではないでしょうか。

介護職の問題点とは介護職自身の自尊心の低さではないかと思います。自尊心とは自己に対する肯定感のことをいいます。意識的かどうかは別として他人の自尊心を傷つける人は自分の自尊心も低いことが多いのではないかと私は思います。それすら気づいていない人も多いと思います。その原因に社会的な評価、賃金、介護に対する社会の無理解だったりするのではないでしょうか。


そこを押し上げるための教育も十分ではないと思います。技術的なこと、制度のことなどが教育の中心であることが多いと思います。心の教育は研修をしたから心が育つものではありません。もちろん、介護される側がどのように感じているかを学ぶことはとても大事なことです。無理やり「自分たちでやっていることは素晴らしい」って言っている鼓舞する姿も、私個人として痛々しく感じます。本当の意味での自尊心があればそんなことをしなくてもいいのです。

こんな状況を本質的に変えていくためには、子供の頃からの心の教育や福祉とは何かを社会全体に説いていくことが本当に必要なんだと、武久さんとお話していて感じたことです。

まだまだ続きます。


2016年12月19日月曜日

「介護されしもの」との対話②


写真は今回宿泊したかしわや旅館の朝食です。古い趣のある建物ですが、手入れがきちんとされていて楽天トラベルの評価もとても高いところです。夜遅くにチェックインしたので夕食は食べられませんでしたが、朝はしっかりいただきました。とても良い宿でした。

かしわや旅館


さて、前回の続きです。今回は介護される側から見た介護職の問題について書こうと思います。

ブログでも発信されていますが、その武久さんが感じている介護職の方の利用者に対しての言動の問題は本当によろしくない。そういう話は他でも聞いていましたが、当事者の話を聞くと明らかに不快と感じることだと思いました。武久さんは特に後遺症のため体が動かなく、言葉も発しにくいだけで頭ははっきりしています。そのような方に子供扱いした話し方や過剰なスキンシップはハラスメント(人権侵害行為)と言ってしまってもいいと思います。

子供扱いについてはさすがに少し前から言われているので減っているとは思うですが、どうやらそうでもなさそうということをおっしゃっていました。一般的な40代の男性の太ももや頬をペタペタ触りますか?水商売の世界ならあるかもしれませんが、確かに普通の関係ではないですよね。世の中全体の事実に関してはもう少し調べてみますが、私は高齢者の方にそのような接し方をする医療・介護職の方を見かけることがあります。高齢者の方がそれに対して何も発しないのはそれをよしとしているのでなく、自らの衰えを自覚していて、ここで何かを言ったら身の回りのことをしてもらえないと思い我慢をしているのではないかと思いました。年齢がいっても男性は男性だし、女性は女性です。そして自分たちのこれまでの生活の中でおこなれる一般的なスキンシップに対する考え方はそうそう変わるものではありません。

介護とは、メアリ・デイリー(Mary Daly)によると「依存的な存在である成人または子どもの身体的かつ情緒的な要求を、それが担われ、遂行される規範的・経済的・社会的枠組みのもとにおいて、満たすことに関わる行為と関係」とある。

この定義から武久さんの話を考えると、同じ摘便や陰部清浄という行為が介護サービスとい枠組みから提供されているが、その身体的欲求をケア側は行なっているものの、恥ずかしい、情けないことは避けたいといった情緒的な欲求に対して配慮がないと言える。ありがちなのは身体的なケアを行えば介護が成立しているという勘違いである。関係についても、同じ行為と態度をその場でしたとしても心を本当に許しあっている者とそうではない者では全く違った感情が生まれる。状況やそれぞれに対して、ケアをされる側が自分の考えを伝えることができるかというとそうではない。

武久さんは、「認知機能の衰えは人間の自尊心を守るためのゆりかご」ということをおっしゃっていました。本当にそうかもしれません。歳とともにできていたことができなくなる。そこでできないことを受け入れるためには、事柄を忘れる方がずっと楽です。ケアに当たる人がケアをされる方の自尊心というものを理解していない可能性があるのではないかと感じました。同じ行為でも誰がそれをするのかということで感じ方が違うように、そこには関係性というものがあります。武久さんとお話をして改めて気づかされました。

まだまだ続きます。

「介護されしもの」との対話①


今年のあっちこっちは先月で終わるはずでしたが、またもやついうっかりあっちこっちしてしまいました。そのあっちこっちは山形県鶴岡市のあつみ温泉まで足をのばしました。

ここに行こうと思ったのは、ずっと介護とは何かを考え続けていた時にこのブログを見つけたところから始まります。

【介護されしもの】

このブログの主は武久明雄さんです。武久さんは44歳の時に脳幹出血で四肢麻痺となり介護が必要となった方です。脳幹は人間の呼吸や体温、様々な調節機能を司る部分でともすれば亡くなっていた可能性もあります。44歳といえば、30代よりは若干体力の衰えばあるものの仕事もこれから脂の乗っている時期という年齢です。そんな時に突然倒れて介護を受ける身になってしまった武久さんから見た介護というものや、今の世の中に対して感じるものがこのブログには綴られています。その言葉に惹かれてついついアポイントをとってヒヤリングしに行ってきました。

いろんなことを感じて考えたのですが、今回のブログはざっくりとしたことを書こうと思います。その他のことは時間をおいてゆっくりと振り返るつもりです。

武久さんの自宅は山形県鶴岡市にあり、日本海に面した町です。あつみ温泉駅から車で約20分くらいの場所にあります。私は前日に移動しあつみ温泉の旅館に宿泊しました。調べてみると鶴岡市というのは歴史のあるところで徳川四天王の酒井家が治めており、あつみ温泉自体もお殿様の湯治場というところのようです。もう少し時間があれば色々と足をのばしたくなりますが、今回はヒヤリングのみの弾丸ツアーでした。それでも温泉旅館に泊まったのでちゃんと温泉に入ることができました。

ご自宅のお部屋の中はバリアフリーになっておりまた奥様の配慮の行きどどいた空間がそこにはありました。ベッドの横には介護リフトがありました。様子はこの動画を見ていただくとわかりやすいです。

【介護リフトのある暮らし】

かなり多岐にわたってお話をさせていただきました。
ブログの文章を読んでいて気づくことは、武久さんは障害を持ってしまったことに対してきちんと受容していることです。しかしそこまでたどり着くまでには様々な葛藤のあったでしょう。そして周囲の状況と周囲との関係。何が彼をそうさせているのか、そしてどのように感じ、どうしていきたいのかということを直接お話を伺いたいと私は思いました。

やはり発信するようになるまでには、一定の心の経過をたどっていらっしゃるのは、がんなどの病と同じだと思いました。そして自分なりの哲学を持っていることがよくわかりました。いただいた著書などからも読み取れます。

武久さんは病気になるまでは工場で組織をまとめる仕事をされていたそうです。生産効率を上げることを考えたり、メンバーを指導する立場だったそうです。そして釣りが好きで、矢沢永吉の好きなやんちゃなおじさん。明るくギャグを言って人を笑わせたりしていたそうです。

介護を受けるというのは、自らのプライドを手放すことが必要なこと。そしてそんな自分を赦す強さも必要なこと。それが若くしてその現実と対峙することになったということがよくわかりました。悔しさ、恥ずかしさ、やるせなさ、そして今あるものに対する感謝や愛情など一切合切がグチャグチャと混ざって、煮詰めて漉して出てきたのが、あのブログの言葉だったんだろうなと思いました。恨みつらみではない言葉がとても力強く感じます。ぜひ一度ブログを読んでいただきたいと思います。

一旦ここまでとしますが、続きます。



2016年12月18日日曜日

「看取る」ということについて


12月17日にみんくるカフェ「看取る」ということについてに参加してきました。
本郷3丁目にある金魚カフェが会場です。ちょっと気になっていた場所でした。私自身が金魚が好きというより、金魚のお店ってどんなとこだろうという興味です。カフェはアンティークな感じでなかなかよかったです。

人類学者の鈴木勝己さんのタイのエイズホスピスの話はとても興味深かったです。
日本では看取りというと、周りに人がいてお別れをするというイメージなのですが、タイは死にゆく人と現世を生きる人との交わりをよしと考えないという話を聞き、死に対する価値観の違いがあるのだなと思いました。

そもそもいい死とは何か。みんなで共通していたのは「穏やかな死がいいよね」ということですが、穏やかという定義も思い浮かぶ状況もグループの人みんなバラバラでした。

私はやっぱり「死を見つめることは生を見つめること」だと思います。
死に方は生き方であり、生きている時の考え方がそのまま死に対する考え方と直結するし、周囲との関係の中で自分が存在しこの世を去るまで関係の中で生きている。

自分がいくらいい死に方をしたと思っても、周囲はいい死に方をしたと思うとは限らないし、その逆もあり得る。お互い一致した思いで死ぬということはないと改めて思いました。生きている時も同じですよね。


看取りという言葉は周囲のものであり、あの世へ旅立つ人と現世の人がするさよならの仕方ということなんだなと思いました。



2016年12月13日火曜日

患者の意向を尊重した意思決定のための研修会



去る12月11日(日)9:00〜17:30、東京医療センター大会議室にて、「患者の意向を尊重した意思決定のための研修会」が実施されました。この研修会は平成28年度厚生労働省「人生の最終段階における医療供給体制整備事業」の一環として行われました。

この事業は神戸大学が主幹で実施しており、本年度は全国12ブロックで研修会を実施する事になっており、今回私が関わらせていただいたのは関東信越ブロックの研修会です。

参加人数は27施設101名でした。この研修会はとても注目度が高く、関東信越ブロックでは当初の定員の倍率も5倍くらいだったそうです。事務局の厳正な抽選で当たった方が参加していますので、参加できた方は本当にラッキーだと思います。

この事業は、人生の最終段階におけるプロセスガイドラインの普及が目的となります。

基本のスライドがありますが各地でいろいろな工夫で研修会が開かれています。私は関東信越ブロックで行われた内容をお伝えしたいと思います。

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1)イントロダクション
H28年度人生の最終段階における医療供給体制事業は、H26年、27年に実施していたようなモデル施設での実践ではなく、広くプロセスガイドラインを普及させるということを目的としてこの研修会が企画されています。本年度は12ブロックで研修会が実施されています。

2)プロセスガイドライン
人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドラインhttp://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000078981.pdf

人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン解説編

プロセスガイドラインは厚労省からH19年に出されています。(改定27年)
世間でよく見るガイドラインとは異なり、このパターンの時にはこのようにする、と言ったものではありません。下記の図にあるように大まかな俯瞰図があるだけです。



人生の最終段階における医療の選択は、元気な時にはなかなか考えることが難しく、そのため患者本人の意思がわからないままに医療が施されていることも少なくありません。
しかし、医療者も家族もみんな患者にとって良かれと思って一生懸命やっています。ところがそれは必ずしも患者自身にとって本当に良いことであるとは限りません。
それぞれの価値観が異なっていることに気づくこと、また職種間の違いもあるということなどを念頭におき、患者にとっての最善とは何かを考えていくプロセスを経ることがこのガイドラインの肝になります。


研修ではプロセスガイドラインをSTEP1~5に分けて、ポイントをそれぞれ学びます。

STEP1 患者の意思が確認できるか否か
STEP2 患者の意思が確認できる場合の患者と医療者との話し合い
STEP3 患者の意思が確認できない場合、患者の推定意思を尊重する
STEP4 患者の意思も推定意思も確認できないできない場合はみんなで話し合う
STEP5 これまでのプロセスを経ても意見がまとまらない場合は複数の専門家で構成する委員会に相談する

今回は1〜4を事例を使ったワークを交えて理解を深めました。臨床倫理の4原則(自律性尊重、与益、無危害、公正)がそれぞれの事例においてどのように当てはめるかということを考え、それぞれの倫理原則が時にコンフリクトを起こすことを学びました。

患者にとって最善を考えるということは、本人の意向と家族、医療者それぞれに違う価値観の中で話し合いつつ合意形成していくプロセスということなのです。

3)アドバンス・ケア・プランニング:ACP
基本は患者の意思を尊重するのですが、もしもの時というのは必ずしも本人の意思を確認できるわけではありません。ACPとは「今後の治療・療養について患者・家族と医療従事者があらかじめ話し合う自発的なプロセス」のことを言います。研修会においてACPはSTEP3の患者の推定意思を尊重するために事前に医療者ともしもの時の相談をしておくことと位置づけられています。

事前の意思確認(アドバンス・ディレクティブ:AD)は必ずすれば良いというものではなく、むしろネガティブであったとう結果(The SUPPORT study)が出ています。その要因として考えられるものは患者自身がそのもしもの時の状況を予測できないことや患者がなぜその選択をしたのかがわからなかったり、代理決定者がADに関与していなかったり医療者と患者の価値観が一致しないということが挙げられています。他にも書面があったため問題が起こったりすることもあります。

ADもACPも目的は同じですがその概念は下記のようになります。



患者の意向を尊重し質の高いケアを医療者が行うためにACPは重要な手段です。そのプロセスを重視し、侵襲的ではないコミュニケーションを行うことが肝要です。
ACPは非常に難しく、本人が望まない場合においては傷つけてしまう場合があります。また、手間も時間もかかります。その反面、自己コントロール感が高まったり対話の機会が増えることからコミュニケーションが良くなることもあります。医療者はタイミングを見計らって話をすることが重要になります。またその重要な話の口火は医師が切ることが良いとされています。

研修会では話す切り出し方をロールプレイを通して、自らのスキルを確認しました。この切り出し方の引き出しを多く持つことで侵襲的ではないACPができるようになります。


4)最後に
それぞれのチームで一日を振り返りを行いました。職種間の違い、他院との違い、研修の内容だけではなく、いろいろと感じたことがあったと思います。それを言語化することを行いました。


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今回の研修会は私自身も学ばせていただく部分が多く、関わらせていただけたことに本当に感謝の気持ちでいっぱいです。倫理サポートチームの仕事だけではなく、その他の活動においても生かしていきたいと思っています。

本当にありがとうございました。

2016年11月26日土曜日

MR-1コンテストプレセミナー


MR-1コンテストのプレセミナーを実施しました。
内容】
(講演1) 「MRが消えたなら、、、AIが仕事を奪う日           
      木村情報技術株式会社 代表取締役 木村 隆夫
(講演2) 「2020年の医療はこうなる ~地域包括ケアという免疫システムと一体となるMRと排除されるMRの違いとは?~」          
      木村情報技術株式会社 コンサナリスト®事業部長 川越 満

どちらも刺激的なタイトルです。

人工知能の話題はニュースでもよく取り入れられていますが、なんだか将来的に人間の力を追い抜くのではないか、人間の仕事を取って変わってしまうのではないかということが話題に登ります。製薬業界でもMRの仕事を奪うのではないかという話が出ています。
しかし実際はどこまで技術的に可能になっているのかということは意外とわかっていません。今回のセミナーはその辺りが技術革新の現状からMR活動についてのお伝えできたのではないかと思います。人工知能は沢山の情報から最適な解を導きだすという力に長けていますが、解を導き出す為に何をどのように教えて行くべきかというところは試行錯誤の状況です。またその解をどのように使うかも手探りです。実用化して人々の生活に浸透していくにはまだしばらく時間があるようです。

木村社長の話では、製薬企業での活用分野として1)コールセンター受付システム、2)24時間製品お問い合わせシステム、3)AI教育支援システムが挙げられていました。
他にも医療者自身がサイトにアクセスし検索した情報から好みだと思われる情報を提供する(すでにグーグルとかアマゾンでもありますよね)とか、画像診断を人工知能で行う、創薬研究支援などの研究が進んでいます。とはいうものの開発段階のものばかりなので、その信頼性は確保できてはいません。しかしそれは利用者側の理解(まだ開発段階だから仕方ないよね)からのルールづくりができれば技術革新のスピードも上がると考えられます。

川越さんの話では、SOV(Shear of Voice:コール数中心のディティール)をすればするほど、医療者からは排除されるMRは増え、その部分が人工知能やIoTの技術革新によって駆逐されてしまうということでした。人間には人間しかできないことがあり、それを考えていくことがMRが残る道だという指摘をしていました。医療には様々な解決されていないニーズがあります。そこを解決する為にどんな価値が提供できるか、価値の提供は人間の仕事であるというお話をいただきました。

お二人の話を聞いていて、MRのできることはまだあるんじゃないかなと感じました。地域包括ケアシステムは地域ごとで、そこに住んでいる人たちで作りあげるものです。そこにMRが入っていく為には多様なニーズに答えなければなりません。そこには人間でなければならない仕事はあると思います。しかしSOVは地域ごとのニーズには全く答えられません。個別化する情報提供のニーズに応えるための人工知能の活用はアリだと思います。しかし、ここでまた私の頭をよぎるのはプロモーションコードです。

今のプロモーションコードは添付文書情報しか提供しないという、わけのわからない自主規制を作っています。正確にいうとそれはプロモーションコードを遵守する為に行う企業内の自主規制です。添付文書情報の提供は別にMRでなくてもできることです。これこそ人工知能が最も得意とする部分です。つまり、本社の人たちはMRを本当はどうしたいのか聴きたくなってしまいます。また現場の人たちは添付文書の行間にある情報と患者さんにとって良いことをするための情報が欲しいのに、それをしませんと言い切っているのはどうかと思います。

MRの役割と技術革新。人工知能開発のロードマップが見えてきているからこそ、MRの役割をみなおす時期にきているのだと思っています。




2016年11月22日火曜日

大人の社会科見学


ペイシェントサロン名古屋とファブリーNextの企画で、工場見学を三重県鈴鹿市にある大日本住友製薬の鈴鹿工場に行って来ました。

社会人になって最初の会社が医療用具の会社だったので、医薬を専門としていながらも製薬工場の見学に行ったことがありませんでした。いつか行くタイミングがあれば行きたいなってずっと思っていたところ、フェイスブックでこの企画を見つけ喜び勇んで参加して来ました。

大日本住友製薬との繋がりがあったのはファブリーNextの石原八重子さんです。ファブリー病とは希少疾病で遺伝子が原因の代謝異常の病気です。

ファブリー病(大日本製薬サイト)

ファブリーNext

その薬を大日本製薬が製造しているということからの今回の工場見学に結びつきました。今回見学させていただいたのその薬ではありませんが、本当に貴重な機会でした。



まず初めに工場長から鈴鹿工場の位置付けなどをお話しいただき、そののちビデオを見せていただきました。



大日本住友は合併後は工場を4拠点持っており、原薬を作っているのは鈴鹿と大分だそうです。鈴鹿工場は東京ドーム4つ分の広大な敷地で医薬品を製造しています。製剤化する棟ではオートメーション化された工場内を見せていただきました。コンタミが起こらないように工夫された人と気流の流れやISO14001を取得するレベルで環境に配慮した設計なども非常に参考になりました。



他の製薬企業の工場については勉強不足ですが、これがバイオ製品やジェネリックだとどうなんだろうとそんなことも考えていました。
医薬品の製造販売のライセンスは医薬品ごとで、製造に関しては業務委託が可能です。今後、製薬企業の業務効率化等を検討した時に製品工場を持っているということで競争優位にどう影響するのかは興味のあるところです。最近ではジェネリックメーカーに製造を業務委託する事例もあると聞いています。製造販売のライセンスだけ持っていれば、今は営業部隊も業務委託可能であることを考えると、製薬企業の戦略はどの領域に強みを出していくのかが本当に大事になります。この工場のクオリティと拡張性から見て、大日本住友製薬がどんな戦略を立てるのか今後も見ていきたいと思います。

個人的には、機械を見るのが好きでカートが自動で動いていたり、ロボットアームの独特の動きを見るのが好きです。ここでどんな品質管理をするんだろうとか、ここのフェイルセーフをどうやってシステム化させるんだろうとか、そんなことも気になります。
機械が動く様子って可愛いなーなんて思って見ていました。

見学にあたりまして、様々な方のご厚意を賜り本当にありがとうございました。感謝いたします!





2016年11月14日月曜日

せたカフェ主催の認知症カフェに参加してきました


今日はせたカフェ主催の認知症カフェに参加してきました。
せたカフェは1年前くらいにお邪魔したことがありますが、認知症カフェは初めてです。


今回は松村医院の松村真司先生がゲストでした。ほぼ毎週お会いしているのですが、人前で話をしているところを見たことがなかったので一度聞いて見たいなと思っていました。そんなとき、私の友達も多く参加してるせたカフェでお話しをするというので行ってきました。

まず初めは松村先生のキャリアのお話。
お父さんが地元で開業している医師で、そのままそこを継ぐことを前提に医学部に入り勉強してが、その当時の医学部教育では、まちでよく見かける病気や怪我の治し方は教えてもらえなかったということで、家庭医の道を進んだそうです。
先生はちゃんとした家庭医のカリキュラムを受けたわけではないので正確には家庭医ではないと言っていました。私は十二分に家庭医だと思います。

今回のテーマである、認知症について事前に質問を受け付けており、それを答えるような形でお話が進みました。

1)認知症とはどういうものですか。
認知症とは状態を表している。治る認知症(ホルモン、薬剤性等)は治療をする必要があり、その鑑別はしなくてはならない。そうでない認知症に対してどこまでどのように治療すべきかは非常に曖昧かつ、哲学的なもの。そもそも病気と自然な老化との境界はどこか。病気を治療できるとしたら、どのレベルを目標に治療すべきなのか。

2)家族が認知症かもしれないという相談に対してどう対応しますか。
認知症によって家族にとって何が本当の困りごとなのかをよく聞いてそれを解決するようにしている。人と事を分けて、事に対して必要であれば介入をする。時としてしかるべき人にゆだねる。

3)認知症の人と接するときどういったことを心がけていますか。
同じ地域の住民として考えている。介入が難しい時もあるが、顔見知りの人を会したり、安心すこやかセンターにお願いすることもある。とにかく当面の困りごとについて考えている。

4)認知症に対して医療はどのくらい必要ですか。お一人様でも最後まで自宅は可能ですか。
認知症も治るものとそうでないものがあるので、治るものについては医療が必要である。しかし認知症だから最後まで自宅で居られないわけではなく、困りごとが何か、どの程度の困りごとなのかで異なる。


多分こんなお話だったと思います。いろんなエピソードを交えてお話いただいたので、私のメモが追いついていません。。。

他の参加者の方と話していて思ったのは、「認知症になるのが怖い、だから予防したい」と考える人が多いということです。「がんになるのが怖い、だから予防したい」と同じなんですよね。加齢に伴う自然な認知能力の低下ということをうまく受け入れられていないのではないでしょうか。昔は、「もう歳でボケてきちゃって」ということは当たり前だったように思います。でもみんなが長生きする世の中になり、医療の発展に伴って薬ができたり、検査ができたりします。

人間はいつか死にます。なんでも予防というよりも今を生きる方がいい。ただ準備できることは準備はすべきかとも思います。その準備とは、自分がボケても受け入れてくれる友達を作ることではないかと思います。

「ともちゃんボケちゃったけどしょうがない。」って言ってくれる人を増やすことが私の準備ではないかなと思っています。認知症って本人よりも周りが困ることの方が多いと思います。

認知症は記憶がどんどん失われていっても感情は後までずっと残っています。困ったことをした時に嫌がられると、相手の嫌な感情を受け取り周辺症状出てしまうのではないかと考えています。であれば「ともちゃんだからしょうがないね」ってニコニコ構ってくれる人が周りにいっぱいいれば少しは周りを困らせるような行動は取らないと思います。だから私は可愛いおばあちゃんになるのが夢なのです。

認知症は長く生きたからこそ出てくる問題だと思います。
写真は、認知症カフェに参加する前に行った松陰神社の吉田松蔭の銅像です。
彼の時代は今と逆で短く太くというものでした。



2016年11月13日日曜日

国立病院総合医学会に参加しました。


第70回国立病院総合医学会に参加する為に沖縄にいってきました。またまた今回も晴れ女パワーです。とてもいい天気に恵まれ、寒がりの私にはとてもありがたい天候でした。
私は少し汗ばむくらいがちょうどです。

第70回国立病院総合医学会
https://www.congre.co.jp/nms70/




この学会は国立病院の職員だけの学会。演題も本当に幅広く、じっくり考えるというよりは「国立病院の人はこんな感じにものを考えているのね」なんて思って参加していました。

専門分野の濃い雰囲気だったり、規模は大きいけど派手さはそれほどありません。
全体的におっとりした雰囲気で、基本的に真面目な印象です。黒のスーツの人が多かったからかな、目立つ人がそれほどいませんでした。

















それにしても会場が広いというか遠い。。。
歩けない距離ではないですが、端から端まで歩くのは少し大変でした。










私が発表したのは東京医療センターの倫理サポートチームの組織構築です。この辺のお仕事の話はまたそのうち書きます。



私は東京医療センターから他の参加した人の発表を見たり聞いたりした以外は、シンポジウムで診療報酬改定や病床機能改変、地域医療構想、医療ビックデータなどの話を聞いていました。こういう演題があるところが国立病院機構ならではなんですよね。

一度に色々勉強できてとても充実した時間を過ごせました。参加できて感謝です。

2016年11月8日火曜日

マギーズ東京に行ってきました



ふらっとマギーズ東京に行って来ました。オープンイベントの時は他に予定があって参加することができなかったのですが、あまりにも家から近いので「いつでもいけるや」と思ってまだ訪れていませんでした。

昼に動ける時間ができたのですが、何をしようかと考えたとき「そういえばまだマギーズに行ってなかったな」ということでアポイントもなしに行って来ました。


ゆりかもめに乗って市場前で降りました。


駅からの眺めです。この橋はまだ開通していません。この先は築地市場の方へと続いているのですが、いつ開通するのでしょうね。


これが噂の新しい市場です。今日はこちらには用はありませんが、一応ミーハーなので写真は撮っておきました。


駅からマギーズに向かって行く途中は空き地だらけです。大きな建物は東京ガスと市場くらいです。




てくてくと歩いて行くとMy Villageというグローバルビレッジがあり、その奥にマギーズ東京があります。



駅からの距離はだいたいゆっくり歩いて5分くらいでしょうか。
とてもフレンドリーなボランティアのおじさんが笑顔で迎えてくれました。













ここはがん患者さんが「病気や治療についてとまどうとき、気軽に訪れ、医学的知識のある友人のような相手に気兼ねなく相談できる」場所です。
マギーズは英国発祥のチャリティ団体で、「団体、行政、病院、企業、個人等の寄付による自由な運営が特徴で、予約なしに無料で利用できます。」日本もクラウドファウンディングにより建設費用が集められこの建物が建てられています。

建物は「家庭的な雰囲気で、入るとすぐにキッチンがあり、木や自然の素材を用い、自然光が入って明るく、窓から庭が見えるなどのマギーズセンターの建築基準に沿って建築家が自由に設計しています。」

常勤に看護師2名がいます。あとはボランティアで看護師、臨床心理士、栄養士、患者支援活動をされている方などが患者や患者家族の方の対応をします。

お茶もお菓子も用意してあり、話をしたり、時には泣いたりできるような場ということで色々と配慮のある設計がされています。

現在は平日の10:00〜16:00しかやっていません。今後イベント等も企画されるということなのでこれからの展開が楽しみですね。

マギーズ東京






2016年11月1日火曜日

譜久山病院内覧会


兵庫県明石市の譜久山病院の新築移転の内覧会にお邪魔させていただきました。

譜久山さんとは今年3月、福井に行った時に一緒に市内観光して、学会終了後もレンタカーに便乗させていただいたご縁です。その節は大変お世話になりました。

その時に新築移転のことを伺っており、病院にライブラリーを作るということはお話されていました。病院でライブラリーがあったら確かに素敵です。そのライブラリーを見たいなーと思って出かけて行きました。

”「またきてね」といえる病院を目指す”というのがコンセプトです。病院が「またきてね」とはどういうことなんだろうと、とても興味を持ちました。


譜久山病院

最寄駅は山陽電車「西新町」です。駅からすぐ見えます。
入り口から待合室までは窓が大きく天井が高いのでとても明るいです。



入ってすぐの階段を上がるとコミュニティホールがあるのですが、その階段の下に聞いていた本棚がありました。まだ本はあまり入っていませんが、本棚にぎっしり本が詰まったら素敵だろうなと眺めていました。




院内は全体的に明るく、外に行こうと思うような仕掛けがあちこちにありました。
リハビリ室の外には花壇もありました。




この病院は3階、4階部分が病棟になります。4階はがんの緩和ケア病棟となる予定です。入院された方やご家族の方がくつろげる空間を作っています。
やはり心痛めた患者さんやご家族が暗い気持ちになりすぎないようにという気遣いが見えました。






病院のロケーション的にも明石海峡の橋や風力発電の風車も窓から見えます。




2階部分はコミュニティホールがあり、そこで地域の方に向けたイベントを企画する予定にしているそうです。またこのあたりは水が出る災害の可能性があるそうで、周りに高いところがないことからもここを避難場所としても解放をすることを考えているそうです。



内覧会の開始にあたって明石市副市長とコミュニティデザイナーの山崎亮さん、譜久山さんの対談がありました。その中で、市として考えているまちづくりの一環としてこの譜久山とうまく協力してやっていくという話がありました。非常にこれが興味深かったです。

地域づくりも様々なモデルがありますが、このスタイルは他では見たことがないです。そういう意味ではどんなようになっていくんだろうかとワクワクした気持ちで見守っています。地域ごとで本当にいろんなやり方があります。それを今後もみさせていただこうと思います。コミュニティホールでイベントをするようになったらまたお邪魔したいと思っています。



「また来てね」と言える病院のキャッチを考えたのは、事務の職員の方です。本当にみんなが一つになって病院の将来を考えたんだなと感じました。職員の方が生き生きしているというのは素晴らしいことです。


譜久山さん、ありがとうございました。


明石市


ちなみに明石市は日本標準時子午線が通る町です。内覧会が終わった後に天文科学館も見学してきました。時間があったらプラネタリウムが見たかったです。