森田さんとは約1年前に東金の地域医療を育てる会のイベントの時にお会いしていており、かつ本も読ませていただいていましたので、スムーズに頭に入って来ました。
このお話は2007年に起こった夕張の医療崩壊によって医療がどう変わったか?そしてその住民がどう変わったか?ということです。基本的には本の内容ですので、ご興味のある方は本を読んでいただく方が早いかと思います。
http://www.amazon.co.jp/破綻からの奇蹟-〜いま夕張市民から学ぶこと〜-これからの日本の医療・介護の話をしようシリーズ1-森田-洋之/dp/4990856503
私はお話を聞きながら考えていたことを書こうと思います。
「医療がなくなれば、医療費が下がる」
ある意味、正しいです。使うべき医療資源がなければお金はかかりません。
夕張では死亡率はほとんど変わらず、がんや肺炎、心疾患での死亡率は減少し、老衰での死亡が増加したといいます。夕張の高齢化率(48%)から考えると人生の最終段階の医療にお金をかけすぎていたと言ってもいいのかもしれません。ただ、言えるのは「夕張ではそうだった」ということです。夕張に限定して話をすると、「不必要な医療があったであろう」ということになります。しかしこれは高齢化率が何パーセント以上のときにそれを言っていいのか、エビデンスはありません。
夕張の事例を日本全体に当てはめるわけにはいかないので、私は「考え方の変化」についてずーっと考えていました。
医療崩壊後、住民の意識が変わったという話がありましたが、ここはどうしても理由がわかりませんでした。というのは人間の考えというのはそうそう簡単に変わるものではないです。なぜならば、その人の経験や環境によって考え方が徐々に作られていくからです。
特に「当たり前」であった「病院での死」がいきなり「在宅での死」を受け入れられるのでしょうか?極論をいえば東京でも医療が崩壊すれば、「在宅での死」を受け入れられる?それは受け入れざるを得なければならないことであり、喜んで受け入れているわけではないです。森田さんの話では、医療が崩壊して、在宅で看取るようになってから患者さんの笑顔がでるようになったという話がありました。どうしてなんだろう。。
もうひとつ医療提供者、介護提供者側の「考え方の変化」は何故変わったのか。この部分がどうしてもわかりませんでした。誰がその音頭をとったの?医師のみの介入でそうなるのだろうか。いま私の知る範囲では急性期病院の治療のゴールと在宅で見ている医師とのゴールは違うように思います。夕張の病院はなくても、他の市には病院があるのですが、ちゃんと在宅に返してくれる意思疎通の仕方ってどうだったのでしょうか。
また施設においても、なにかあったら困ると責任逃れするために、急変したら問答無用で救急車を呼ばれたりすることはよくあることだと思います。職員がその考えを変えるために医師が責任をもって対応すれば考えを改めるのでしょうか?それもわかりませんでした。
私は人にとって幸せとはなにかをよく考えます。小さな幸せ、大きな幸せ。幸せの形もいっぱいあります。夕張の人にとっての幸せと東京の人の幸せは必ずしも同じではないと思います。それって価値観なので、他人と比較するものではないです。
医療が有ると無いことでは幸せは異なるものかというと、無ければ残念だけど、有るからといって必ずしも幸せとは限りません。それだけ幸せも千差万別です。
余計にわからなくなりました。
データをもとにお話をされているので、森田さんのいうことはそのとおりだと思います。そのデータから見えないなにかというところではもう少しいろいろと調べてみたいです。
森田さんのお話は大きな示唆をいただいたと思っています。
「いま目の前の医療は本当に必要か?患者の幸せのためなのか?を問い続ける必要がある」ということです。
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