2015年10月18日日曜日

幸せな人生の最終とは


講演会を聞きに行ってきました。
「ご飯が食べられなくなったらどうしました?」著者2名のお話が聞けるということで聞きに行ってきました。



内容は花戸先生の話しは基本的に本の内容でした。この本の写真を撮影した國守さんは写真家として戦場や震災などの経験からの悲しい死とその反対の幸せな死を写真と映像でお話されていました。

それぞれ単独で話しを聞いたり、映像としてそれら見たならそれほど違和感は感じなかったと思います。でも「幸せな人生の最終とは」のタイトルで在宅の家族に見守られて家族が死を受け入れていく様子を写真で見せられてしまうとそれが素晴らしいものとして価値観を押し付けられた気分になりました。

そもそも幸せな人生の最終ってひとつじゃないでしょう。それになんでも自分の希望どおりになるものじゃない。
家族ってそんなに絶対的なものなのだろうか。私は家族がいれば幸せだなんて思わない。

人生の価値観は他人に決められるものではない。私には私の価値観がある。


しかし、聞けてよかったお話もあります。
それは「ご飯が食べられなくなったらどうしますか?」ということを花戸先生は普通に何回も尋ねるそうです。そのことによってその時は答えられなかったり、家族に遠慮して言えなかったりしても、「最初はこう思ったけど・・」というようにだんだんと自分の意思を伝えることができるようになっていくそうです。それとそのつどそのお話をしたことをカルテにもきちんと残しておいているそうです。

またいい方法だと思ったのは、カルテの内容と検査結果をプリントアウトして患者さんに渡してお薬手帳に貼ってもらっているそうです。
なので、医療にかかった履歴とともに最後のときの意思を紙で残してあることになります。普段かかっていない医療機関に行ってもそのお薬手帳さえあれば意思を確認することができます。

この2点について聞けたことがよかったです。

なんかもやっとした講演会でした。




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